都市の落とし子

もう30年近く前の話になるだろうか、サラリーマンに嫌気がさして3年ほど続けた仕事を辞めた僕は、求人誌を血眼になってめくっていた。さしたるキャリアも資格もなければ、特別しゃべりが得意なわけでもない。会社をあっさり辞めたはいいが、どうやって食っていくか・・・さて困った。

たまたまある求人広告が目に止まった。「月収50万円以上可能、資格:自動二輪車免許(中型以上)・・・」。もしかしたら、これは世にいうバイク便の求人ではなかろうか。僕の住んでいる埼玉県にもあったのか。

僕は当時オフロードバイクに乗っていて、夜中に一人で林道にいくのが趣味らしい趣味といえば趣味だった。まあ、バイクに乗るのは嫌いじゃないクチなのだ。もちろんそれが仕事となればまた別なんだろうけれど、やってみるのも悪くないか・・・

軽い気持ちで履歴書を持ってその会社に行ってみた。社長と思しき人は、僕と同年配なのだが、茶髪で短パンをはいていて、見た目は完全にヤンキーである。もらった名刺には「有限会社○○○○○ 代表取締役 ×××× と書いてある。

「あー、面接の人ね。とりあえずさ、研修やるからさ、行ってきてくれる」と地図を渡される。地図には埼玉県南エリアに、蛍光ペンで数か所のマーキングがしてあった。「これ、地図見ないで回ってきて。急がなくていいから。きょうの研修はそれでおわり。あとさ、埼玉の地図と東京の地図買っといてね。これね」と指定の地図を見せられた。「地図も自腹か・・・まあ、仕方ないよな」ひとりごちながらしぶしぶ研修に出た。

翌日から早速仕事に出た。基本は事務所で待機していて仕事が入ったら出かけるスタイルだ。メンバーはたったの5人。電話が鳴るたびに交代で出かけるのだが、どうゆう仕事が入るかは時の運としかいいようがない。近距離ばかりの日もあれば、都内を4往復したり、ロングといわれる福島、静岡あたりまでの仕事が入るときある。当時のバイク便の給料は純粋に距離計算で決まるので、当然みんなロングの仕事が入ればラッキーなのだ。

しかし、たとえ、一日2万円稼げる日があったとしても、それが毎日続くわけではない。完全歩合制で、かつ運に頼るしかない。しかも、社会保険の類は一切ない。当然労災さえない。万が一事故を起こせば休業補償があるわけでもない。働いている子たちの中には10代もいた。個人事業主とアルバイトの区別さえついていない。自分たちは本来、確定申告が必要な個人事業主であることをまったく理解していなかったのだ。

仕事は実にシンプルである。A地点からB地点までいかに早く荷物を運ぶか・・・交通法規を遵守していては商売あがったりである。首都高をはじめ都内の幹線道路は巨大な駐車場と化する時間帯がある。すり抜けすり抜け・・・またすり抜けの連続。時間との闘いだ。バイク便のライダーは自らの命を削って走り続けるのだ。ゆがんだ都市の交通事情の落とし子。しかし、ライダー当人たちにその危機意識は極端に薄い。

自分が大きな事故に巻き込まれるまでは。

あれから30年。IT社会の到来で現物を急いで運ぶ必要性がなくなった業界がある反面、ネット通販の急激な拡大で膨張し続ける物流事情もある。果たして、現場の事情は変わったのだろうか。物流の末端にあるバイク便ライダーの待遇が改善されることを、僕は切に切に望んでいる・・・。

コメント

  • お問い合わせ
    入力しづらい場合は画面上部の「お問い合わせ」より入力して下さい
  • Phone
  • Instagram
  • Line