小学校3年生のとき、我が家で犬を飼うことになった。おやじの鶴の一声で犬種はオスのアイヌ犬と決まった。なんでも元々はアイヌの人たちが猟のときに連れて歩く犬で、とても勇敢だという。図鑑で調べてみると、北海道の厳しい冬にも耐えられるようビロードのような毛でびっしり覆われていて、耳は三角にピンと立っていてしっぽはくるりと巻き上がっている。
人間には簡単になつきにくいが、恐ろしくかしこい・・・・・・という話をきいた私はなんとなく名前は「ロボ」がいい、と言い出した。当時、私はシートン動物記を読んでいて、たまたま「オオカミ王ロボ」を知っていたのだろう。家族は誰も反対しなかった。父も母も、兄も元々無頓着なタチなのだ。
ロボは車でやってきた。名前に似つかわしくなく弱々しく、途中の車内でひどく車酔いして吐いた。生後まだ2か月しか経っていないせいもあるのか、からだは小さく丸っこく、目はくりくりしている。わんわん吠えるというよりは、くーん、くーんと甘えるような声だ。まだ母親が恋しい年ごろなのだろう。
ロボの犬小屋は割と立派なものであった。木製でなく鉄製で、まだ小柄なロボにはいささか大げさなようにみえる。成犬するとアイヌ犬は中型犬に属するし、力も強いですよ、というペットショップのセールストークにまんまと乗った父は「まあ、家はさ、ちょっと大きめのほうが快適だろっ」と妙な言い訳を口にしていた。
アイヌ犬は人間になつきにくいという説にロボはあてはまらなかったと思う。結局一番世話をしていた母はもちろん、こどもの私や兄、そして父の言いつけもよくきいたし、とても利口で無駄吠えをした記憶もない。賢くとても寡黙な印象がある。
その日、私と兄は庭でキャッチボールをしていた。いつも使っていた軟式ボールが見当たらず、しかたなく玄関に飾ってあった王選手のサインボールを使っていた。ふだんは使わない硬式ボールである。たまたまだろう。兄が投げた球が少し私のグローブの右側に逸れた。
わたしはボールを一瞬、見失った。同時に後ろでロボの悲鳴に似た鳴き声がする。「きゃーん、きゃん、きゃん・・・・・・」ロボは泣きつつづけたまま縁の下に入ってしまった。
そのときなぜおやじがタイミングよくロボを放し、兄の球が逸れ、それを私が取り損ね、ロボの頭に命中したのかはわからない。偶然の事故なのだろう。しかし、母はけっして私たちを許そうとしなかった。当然だろう。一番愛情を注いでいたのだから。 三週間後、ロボは帰らぬ犬となった。死因は頭蓋骨陥没。獣医の診断によれば幼犬のため頭の骨が柔らかかかったという。硬球も致命的だったらしい。
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