ポスティング道

つぶやき

事業所オープンの告知のため作成したチラシが届いた。私にとって本格的なポスティング
は初めての経験だ。初日、大量のチラシを抱えて事務所を出る矢先、ベテランスタッフの
Aさんが一言「バンドエイド巻いとけよ・・・」といいながら、自分の中指と薬指の真ん
中にバンドエイドを巻き付けている。
「ふたのあるポストはさ。ちゃんと中まで押し込まないとダメだぞ。はみ出でちゃ、うま
くない。200枚も入れれば拳側の指の皮がむけてきちまうもんだが、これで完璧だ」
そういうものかな・・・と思いながら、Aさんから受け取ったバンドエイドを私はチノパ
ンのポケットにねじ込んだ。
 ポスティング開始後三日目、たまたまAさんと同行することになった。場所は都内の巨
大な団地。一棟あたり集合ポストが軽く200戸は並んでいる。「ぼちぼち始めるか
・・・俺は左からやるから、〇〇君は右からやってくれ」というなり、Aさんは左手に大
量のチラシを握りしめると、ポストの前に仁王立ちになった。
 同時に「スコッ、スコッ、スコッ・・・」という、何かが金属に当たるような高い音が
響き始める。「スコン」ではない。「ン」がないのだ。遅れをと取るまいと私も始めたが
「バタン、バタン」という音しか出ない。不思議に思いAさんを横目でみると、チラシを
持った手でポストに向かって恐ろしい速さで突きを放ち、またチラシを取り、突くという
格闘家の秘密練習のような動きをしている。
 これはもはや単なるポスティングではないーー「ポスティング道」だ。それにしても昼
下がりの集合住宅のポストの前でおっさん二人がポストを前に格闘している姿は、はた目
にはどう映るのだろう。人通りもまばらな集合ポストの前で金属を打つ音だけが響きわた
る。
 勝負はあっけなく終わった。「いくつだった?俺は140だ」。Aさんは息ひとつ乱れ
ていない。
70とダブルスコアの大差をつけられていた。思わず「すげー、速すぎる・・・」私はた
め息をついた。
「こんなもん慣れだよ、慣れ」と軽くAさんは言いはなったが、私にはそういう未来が到来
するとは到底思えない。「たまにさ、ふたが開かないポストがあるだろ。突き指しそうに
なるんだよ」。Aさんはもう65歳を過ぎていると聞いているが、まるでこどものような
笑顔である。
いずれにせよ、チラシ配布ってずいぶん大変なんだよな・・・これからは自分の家のチラ
シも一気にゴミ箱に捨てないようにしよう。配る人は滑稽なくらい必死だったりするから

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