正月、飲みすぎて家の壁に穴をあけてしまった。といっても何か特別なことをしたわけではなく酔ってボクシングの真似をしていたら目測を誤って、本当に壁に当たってしまっただけのことである。私は格闘技の経験者でもなく、ふだん拳を鍛えているわけでもないのだが、内壁はもろくも崩れ去り、赤ん坊の頭大の穴がぽっかりとあいてしまった。
妻は怒りを通り超していたのだろう、せせら笑うように「どうするの?弁償してくださいね」の一言。酔いが一気に冷めていく。不思議なことに拳には何のダメージもなかった。
しかし、翌日から手首の猛烈な痛みに襲われる。さすがに家の壁を殴って壊したとは、他人様に言えず、「ちょっとつまずいて変な手つきかたをしてしまって」などという苦しい言い訳をしながら、湿布をしていたのだが二週間経ってもいっこうによくならない。
たまりかねて整形外科を受診してレントゲン画像を見せられた。「別に骨折はしてないんだけど、軟骨が損傷してる可能性が高いね。tfcc損傷っていうんだけど。格闘技やってる人には珍しくない」と医師は淡々と説明する。「とりあえずしっかり固定だね。だめなら手術かな・・・」。確かに私が悪かったけど、そんなに簡単に言わないでくれ。
それにしても人間の手というものは不思議な作りになっているらしく、こぶしはとっても硬いのにそれ以外の部分はめっぽう弱くできているらしい。ふと昔読んだ沢木耕太郎さんのノンフィクション「テロルの決算」の中に「ノーマンズランド」という言葉があったのを思い出した。
てのひらから続く指の中央までの腱の部分はとても繊細で、傷をつけると手指が動かなくなる、すなわち誰も立ち入ってはならない領域=No man’s land と呼ばれているという。 こぶしとてのひらは表裏一体の組織であるが、繊細な部分をガードするために実はとびきりこぶしは硬くできているのかもしれない。だからこそ、そのこぶしを開いたときこそは他者を受け入れる、すなわち「こころを開いた」サインになりうるのだ。
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